日経STEAM 学生取材班 塩野義製薬・木山上席執行役員インタビュー
理系、文系とも専門性を磨き、
活躍する人材に
塩野義製薬の木山竜一上席執行役員は8月25日、大阪市内の本社で学生取材班のインタビューに応じ、STEAM教育への期待や、製薬大手として担うべき社会的な役割などについて語った。木山氏は長く創薬の研究畑を歩み、同社が世界をリードする抗HIV(エイズウイルス)薬にも関わった生粋の研究者だ。それゆえ最近も、日本の科学技術分野での地盤沈下が指摘されていることを危惧しており、「技術立国として勢いを盛り返すには教育が重要。若い人にはSTEAMに対して興味を持ってもらいたい」と語った。
塩野義製薬は日経STEAM2023シンポジウムの協賛し、高校生や大学生が参加する「学生サミット未来の地球会議」において「感染症と社会の共存」をテーマに設定した。当日会場で、同社の社員たちは国内外の学生らによる発表に熱心に耳を傾けた。こうした姿勢は、日本の理系教育に貢献したいという思いからであり、木山氏も「サイエンスやテクノロジーに、もっと日本の若い人が興味を持ってほしい」と指摘する。

木山氏は米国駐在時にこんな光景を目にしたことがある。米国の大型玩具店に行くと、科学や技術を学ぶ知育玩具がたくさん販売されていたのだ。「アメリカの子供たちは、当たり前のようにおもちゃを通じて理科系の科目に興味を持つ。日本ではあまりない光景だ」。小学校を含めて、日本でSTEAM教育が深く浸透していけば、技術立国日本を支える人材がもっと育つのではないかと考えている。
これから社会に飛び立つ若者たちへの期待も大きい。塩野義製薬が「求める人材」とは、「尖った強み」を持っていることだ。日本でも終身雇用制度が崩れ始め、米国型に切り替わっていく。そこでは企業の求めるスキルを徹底的に磨くことが欠かせない。木山氏は「理系の大学生は、専門以外にも貪欲に知識を広げ、それを自分の分野にフィードバックすることが大切だ。文系の大学生も実は専門性が重要。人事など多くの仕事が専門性を磨かなければ、できなくなっている」と指摘した。
塩野義製薬が協賛した日経STEAMシンポの「未来の地球会議」では「感染症と社会の共存」をテーマとし、高校生や大学生に様々な提案をしてもらった。2020年からのコロナ禍により、世界が改めて感染症の恐怖と向き合うなか、若者たちの率直な思いを聞いてみたいという思いがあった。というのも、世界では大小含めて、パンデミックは過去10年ほどで3回発生している。残念ながら次のパンデミックが発生することは免れない。さらに、地球温暖化による異常気象は各地で頻発し、新たなパンデミックのリスクにつながる可能性もある。「ロシアの永久凍土が温暖化により解けてきている。眠っていた病原体が復活しかねない。歴史的にみても、こうした状況では新しいパンデミックが流行する可能性がある」という。


塩野義製薬は今回のコロナ禍に対して、治療薬「ゾコーバ」を短期間で開発して世界を驚かせた。研究員の8割を投入して、通常なら最低でも3年かかるとされるプロセスを1年間で終わらせることができた。木山氏は「緊急時において、一気に平時から有事に切り変える体制を構築することができた。これは次のパンデミックへの対応でも生かされるだろう」と語った。
ただ、製薬業界を取り巻く経営環境は厳しい。多額の開発資金を投じても、特許切れにより後発薬メーカーが安価な薬を供給し、収益が一挙に悪化しかねないリスクといつも背中合わせだからだ。さらに、製薬企業は、良い薬を開発することで、結果として、自らの市場をつぶしていくという稀有な存在でもあるという。木山氏によれば、「がんも2030年には克服される病になるのではないか」という。がんのような分野でも治療薬で患者のほとんどを救える可能性があるのは素晴らしいことだが、その薬が特許切れとなり後発品に置き換わることになれば、稼ぐことは難しくなりかねない。
こうした中で、塩野義製薬の戦略が改めて注目されている。2020年6月に発表した中期経営計画において柱とされた「総合ヘルスケアカンパニーへの進化」だ。同社の基本方針は「常に人々の健康を守るために必要な最もよい薬を提供する」ことだ。最もよい薬というのは、治療薬だけでなく、人々の健康を守るための幅広いヘルスケアサービスも含まれる。木山氏は「認知症のように薬だけでは治せない病気がたくさんある。検知、予防、診断など業界の垣根を越えてサービスを提供することが重要」としている。

話題となっているのが、2022年に設立した小中学校向けの教育支援サービスを提供するYui Connection株式会社の取り組みだ。子供たちと日ごろより触れ合う学校の先生に対して、一人ひとりの生徒に適切な教育プランを提案している。「これはSHIONOGIが掲げるHaaS(Health care as a Service)の取り組みの一環だ。小児医療に取り組む中で、医療現場だけでなく、学校の先生方が多くの困りごとを抱えていることを知った。そこで、学校の先生に少しでも役立てるサービスを提供したいと考え、医療、学校とタッグを組んで、サービスの開発に取り組んだ」(木山氏)という。
最後に聞いてみたのは、これから開発したい治療薬についてだ。木山氏は「個人的には、今見えている人々のニーズから薬を生み出すのではなく、はなから開発が無理だとあきらめているような薬を開発することだ」と即答した。塩野義製薬では、聴覚障がいの方が、正しく薬の情報にアクセスできるように、医療従事者に対して、障がい特性の啓発に取り組む「コミュニケーションバリアフリープロジェクト」を推進している。「この取り組みを、もう一つ先に進めて、難聴を治療できる薬を作りたい。」と木山氏は語る。「今、デバイスを使って難聴を克服するという取り組みはあるが、誰も難聴を「薬」で治せると思っていない。こういうことをやりたい。実際に難聴に対する治療薬の研究は開始した。」という。開発に成功すれば、薬によって難聴の治療が可能になり、意思疎通の壁を取り払う画期的なソリューションとなりうる。
~取材を終えて~
私たちの周りでは病気がありこれから先も当たり前に薬が新しく開発され続けていくと思っていた。しかしお話を聞き製薬会社でも薬の開発には限界がある、また教育分野など薬以外の多くの分野に進出していることを聞き驚いた。
技術を発展させ、より良い未来にしていくために業界の壁を超えた取り組みの重要性を知った。
難聴に効く薬などといった「開発が不可能だと言われているが必要とされている薬」を作りたいという挑戦に驚いた。最初聞いたときは夢のような薬だと感じたが、取材を進めるにつれ、社会や人の生活に本当に必要とされている薬を本気で作りたいという意志を感じた。塩野義製薬は、こういった強い意志から、人の健康を守る「最も良い薬」を提供し続けているのだと分かった。
