奈良女子大学、女子大初の工学部 学部長に構想を聞く
奈良女子大に2022年度、工学部が発足する。女子大で初の工学部である点に注目が集まるが、教育内容もユニークだ。新学部が目指す工学教育の姿について、学部長に就任する藤田盟児教授に聞いた。
――工学部設立の構想が生まれた経緯は。
「出発点は(2018年に合意した)奈良教育大との法人統合。両大学の工学や情報学の教員が協力してできることを考える中で工学部の設置が浮かんだ」
「女性に魅力ある工学とは何か。参考にしたのが米国のオーリン工科大とハーベイ・マッド大だ。両大学は学生の男女比が大体5対5で、リベラルアーツ(教養教育)型の工科大学であるという共通点がある」
「両大学のカリキュラムでは社会や人間についてしっかりと勉強させる。今の工学に何が足りないかを社会的・人間的に捉え直す。そうした工学なら女性も男性も等しく興味を持つ。それが分かった時点で、私たちの方針がほぼ決まった」
――教養重視の工学教育とは、どんなものですか。
「入学当初に専門を決めず、幅広く学ぶ。情報システム、機械工学、化学……。エンジニアリングに関係する全ての分野を学ぶ。土台はSTEAM教育。教養教育と並ぶ2本柱だ」
――Sが科学、Tが技術、Eが工学、Aがアート、Mが数学。5つを横断的に教えるわけですか。
「5つを全て含む計29単位の授業を必修にした。この中にはハーベイ・マッド大にならった批判的思考という科目もある。本学と教育大で社会学、心理学、音楽、哲学、美術史などを専攻する8人の教員が担当。学生は希望する2つの分野の教員の下でゼミ形式の授業を受け、工学を徹底的に批判するリポートを書く」
「卒業に必要な単位の半分、約60単位が自由選択。興味のある分野を集中的に履修してもよいし、幅広く学んでもいい。専門を早くに決めないレイト・スペシャリゼーションの考え方をとっており、学年に関係なく履修する科目を選べる」
――日本の伝統的な工学部は学科別カリキュラムで、専門も入学した段階で決まっています。それでも学ぶことが多く時間が足りないという声があります。
「1つの専門で一生やっていける時代なら、早くに専門性を身につけることが武器になる。しかし今は機械工学を学んで自動車メーカーに入社しても、燃料電池やソフトウエアをつくらなくてはならない。化学や情報の知識が必要になる」
「それらを後から学ぼうとしても、基本的な考え方や概念が異なる分野を理解するのは実際には難しい。最初から異分野融合型の教育を受けていれば対応できる。レイト・スペシャリゼーションが合う時代になったと私たちは判断した」
「当然、各分野の学びは浅くなるので大学院進学を全員に勧める。大学院で専門を深める基礎をつくるのが学部の役割だ」
――女性エンジニアの必要性が高まっています。
「産業革命が蒸気機関から始まったように、人間の筋肉を機械に置き換えたのがかつての工業だった。だが20世紀後半から、コンピューターという脳を使った工業、工学に転換した。メカ、つまり筋肉の工学は男性向きだが、プログラミングなど脳の工学は男女等しく興味の対象になる」
「人工知能(AI)も発達した。AIに一方の性に偏ったデータを学習させると、非常に誤った結論を出してしまう危険がある。女性エンジニアが求められるようになったゆえんだ」
「人間は学習ではAIにはかなわない。だから奈良女の工学部では重視しない。学生には考え、自由に行動し創造させる。学生がこんなことをしたいという希望に応えたり、それが将来につながるよう支援したりするのが教員の仕事だ。包括連携協定を結んだDMG森精機や奈良先端科学技術大学院大にも協力してもらい、色々なことを学べる機会を確保する」
「教員の意識も学生の評価方法もガラッと変えなくてはならない。そのための研修を始めている」
――創造には多様性が必要です。女子しかいない環境はマイナスでは。
「異質な人間を混ぜるだけで何かが起こると単純に考えてはいけない。創造は形式化されたものの見方、習慣化した考え方の枠を外したときに起こる。それを可能にする知識と技術を身につける訓練が必要だ。私たちはそれらをSTEAMのA、アートで養う」
「そのためにはジェンダーの枠がない環境も有効だ。私の専門は建築史で、新しい町や建築は従来の形式を外したときに生まれることを知っている。(男性のいない環境で)ジェンダーという既成の枠組みを外したときに女性の創造性はより発揮される。これが女子大の価値だと思う」
――課題は何でしょうか。また、教養教育の重視などは女子大に限らず、これからの工学教育の一つの方向ではありませんか。
「発見や創造には本物との出合いが必要だ。例えば2年も3年も考え続けた問題が、何かをきっかけにパッと解ける瞬間がある。形式化された思考や習慣化された判断を超える体験、思考が有限だったことに気づく機会をどうつくるか。学部段階では限界もあり、これから設計する大学院のテーマになる」
「新しい工学教育をつくりたいと思っている。私たちの挑戦を見て意味があると感じたら、共学の大学でも試してみてほしい」
――工学部の一般入試の倍率は6倍を超えました。
「思ったより高い。脳の工学に参加してみたいという女性は、潜在的に結構いるのではないだろうか」
- 旧弊の殻、自ら破れ
-
2002年に開学した米国のオーリン工科大は工学教育の革命児的存在だ。学際的な学びや創造性、デザイン思考の重視などを特徴とする。奈良女の工学部の入学定員は45人で、極めて小規模なところも学生数400人弱のオーリン工科大と似る。
ただ、奈良女の工学部は全くの新設ではなく、既存の教授陣が教育を担う。大学を含む学校の組織は慣性が強く、教員集団が旧弊を自ら破れるかが課題だ。それができれば、日本の工学教育のあり方に一石を投じられるのではないか。
(編集委員 中丸亮夫)