工学部入試に「女子枠」東工大など、多様性向上急ぐ
大学入試で受験を女子に限定する「女子枠」を設ける動きが工学分野で広がってきた。東京工業大学は2024〜25年に全学院(学部に相当)で導入し、富山大学工学部は学校推薦型で女子枠を設けた。理工系の女子比率は低く、入試の見直しで多様性を向上させる狙いがある。志願者の掘り起こしが今後の課題だ。
東工大は2024年4月入学者の入試から女子枠を設け、翌25年には総合型選抜(旧AO入試)を中心に計143人に広げる。入学定員(1028人)の14%の規模だ。導入により、現在約13%にとどまる学部段階の女子学生比率は全学部で2割を超える見込みだ。
「日本のダイバーシティー(多様性)は2〜3周遅れだ」。益一哉学長は国際会議で感じる海外大学の女性研究者の多さに危機感を募らせてきた。「同質性の高い組織では活発な議論が生まれない。日本の大学を変える成功事例にしたい」と狙いを語る。
女子学生の増加を見据えて校舎内に十分な数の女子トイレが備わっているかを確認し、学生食堂のメニューの見直しに向け女子大を視察しているという。
政府の教育未来創造会議は22年5月の提言で、大学に多様な視点を取り入れてイノベーションを生み出そうと、理工系分野への女子の進学を拡大させる方針を盛り込んだ。23年春入学者向けの入試では名古屋大学の工学部が女子枠を新設するなど、制度導入や拡大が相次いでいる。
富山大工学部も23年春入学者向けに学校推薦型で女子枠を取り入れた。学科ごとの女子比率はそれまで2.4〜9.8%で、合格者全員が男子学生となる学科もあった。地元企業の人事担当者からは「女子技術者を送り出してほしい」との声が多く寄せられていたという。
22年11月に初めて実施した入試では小論文や面接などの結果を踏まえ、募集8人に対して10人が合格した。富山大担当者は「女子が一定数いれば志願しやすい環境になる。女子枠が呼び水になるように次回以降も受験を呼びかけていきたい」と話す。
内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の資料によると、15歳段階で科学分野の成績が良い生徒の割合は男女でほぼ変わらない。しかし高校の科目選択で理系を選ぶ割合は男子が27%に対し、女子は16%と差が出る。
「本人が工学を志しても親や高校の教員が医学部や薬学部を薦めるケースが多い」。芝浦工業大学の新井剛学長補佐は指摘する。18年4月入学者から導入した女子向けの推薦を23年には全4学部に広げ、女子高校を回って就職支援の手厚さなどをPRしている。
1994年春にいち早く取り入れた名古屋工業大学は1割未満だった女子比率が2割ほどに上昇した。担当する高木繁参事は「理工系をめざす女子を奪い合うのではなく、大学同士が連携して中学段階から志望者を掘り起こす取り組みが必要だ」と強調する。
男子受験生側にとっては門戸が狭まることになり、女子枠を新設する大学には丁寧な説明が求められる。九州大学は10年、理学部数学科の一般入試後期日程で女子枠を設けることを公表したが、批判的な意見を受け導入しなかった。
文部科学省は22年6月に各大学に通知した入試の実施要項で、多様性確保の一例として女子枠の創設を挙げた。一方「導入の趣旨や方法について社会に合理的に説明すること」への留意も求めている。
CSTI議員を務める富士通の梶原ゆみ子執行役員は「イノベーション創出には研究分野の多様性の向上が不可欠であり、具体的なアクションとしての女子枠の成果に期待したい。女子に理工系を薦めない親世代の無意識のバイアス(偏見)の解消に向け、産官学が協力してアピールを続けることが大事だ」と話す。
革新的な創出力、男女混成が優位
日本の理工系分野の女子学生の少なさが目立っている。2020年の経済協力開発機構(OECD)調査によると、STEM(科学・技術・工学・数学)分野の日本の大学入学者の女性比率は18%だった。OECD平均の31%を大きく下回り、加盟国で最も低い。
欧州では4割を超える国もある。米マサチューセッツ工科大学(MIT)は女子学生比率が48%に上る。
イノベーションの創出には組織の多様性が欠かせない。日本政策投資銀行の調査によると、女性が開発に関わったチームの特許資産の経済価値は、男性だけの場合の約1.5倍だった。男女混合のチームの方が男女どちらかのみよりも斬新な論文を生む傾向があるとの海外研究もある。
河合塾が1月の大学入学共通テストの理工系志願状況を分析したところ、共通テストを利用した私立大入試では理・工・農の各分野で女子の志願者数が前年を上回った。この流れが定着するか、正念場を迎える。
(茂木祐輔)
(日本経済新聞電子版 2023年2月1日掲載)